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<事例02> 被災者死亡後の悪性胸膜中皮腫の労災認定事例

●14年前に亡くなった旦那さんについての相談
愛知県内に住むR婦人から相談電話を最初にいただいたのは2009年の12月でした。相談内容は、「1996年の3月に夫が中皮腫でなくなったのですが、アスベストが原因ではないですか?」というもので、療養中は健康保険の傷病手当金の支給を受けており、労災保険申請は行っていないということでした。早速、R婦人、被災者の娘さんと直接面談を行い職歴や受診、手術、入院歴などの聞き取りを行いました。この時の聞き取りで分かったことは、被災者が1993年6月にX大学病院で左肺全摘手術を受けたこと。30年以上、大手製鉄会社の工場に勤務されたこと。

亡くなったのは1996年3月25日にX大学病院で、たまたま口腔外科を受診中に気分が悪くなり倒れ、検査を受けた結果、消化管の出血が認められ、手術で止血を試みている最中に死亡したとのことでした。

また、労災保険、アスベスト健康被害救済給付共に申請したことはありませんでした。面談で製鉄関係の仕事では工場設備の断熱材に石綿製品が使われていた可能性があること。労働者も作業中に石綿布などを使用していた可能性があること。製鉄業界ではアスベスト労災認定が比較的多いことなどを伝え、労災保険の遺族補償給付を受ける権利が既に消滅していても、石綿による健康被害の救済に関する法律の改正により、特別遺族年金の申請が可能であることを伝えました。R婦人と娘さんは特別遺族年金を申請することを決め、筆者は申請に向けての支援を開始しました。

●手続きに向けて
申請に当たってまず、X大学病院にカルテ開示請求を行いました。開示請求前にX大学病院のソーシャルワーカーと打ち合わせを行いましたが、カルテ、画像の保存期限は5年間で残っているかどうかは分からないということでした。カルテ原本、画像は保存されていませんでしたが、幸いカルテを複写したマイクロフィルムがあり、当時のカルテを入手することが出来ました。カルテで被災者が悪性胸膜中皮腫であったことが分かりましたが、問題は死亡診断書の直接死因が「出血性胃潰瘍」であったことでした。R婦人によると、被災者は左胸膜肺全摘手術後、左横隔膜ヘルニアをきたしたということで、死因は中皮腫と因果関係がありそうでした。

早速、名古屋労災職業病研究会の杉浦(故人)、森両医師に相談し、杉浦医師から、「中皮腫は致死的な病気で、患者さんも相当のストレスを抱えるので十二指腸潰瘍による出血死などは相当因果関係があると言われているし、当時の主治医に左横隔膜ヘルニアと出血性胃潰瘍の関係を証明してもらえば認定は取れるだろう」というアドバイスをもらいました。実際、カルテには左横隔膜ヘルニアにより胃の位置が上昇したことが記入されていました。被災者の死亡診断書を記入した医師が愛知県内で開業しているのを突き止め、R婦人、娘さん、筆者と訪問し当時の医師に意見書作成の協力を要請しました。医師は快く引き受けてくださり、中皮腫の手術後、左横隔膜ヘルニアをきたし、胃潰瘍が下行大動脈に突破し大量出血により死亡という意見書を作成してくれました。手術後、胃の位置が上昇していたのに加え、胃潰瘍によって胃の内側が削れ、胃の突起した部分が肺近くを通る下行大動脈にかかり、突起した部分が破裂した時に下行大動脈も破れ、大出血を起こし死に至ったという内容です。被災者の主治医と労職研の森医師はお互い面識があり、労職研からの参考資料の提供などが円滑に進んだのは幸運でした。

特別遺族年金支給請求書の会社証明欄に被災者の石綿ばく露作業の従事期間と仕事内容を証明してもらう必要があり、筆者が製鉄会社に電話連絡を取りました。総務部の担当者は慣れている感じで書類を送ってくださいと簡単に筆者に伝えました。製鉄会社から返送されてきた請求書には被災者が1964年より製板、熱延工場で従事したこと。石綿製品が使用されている製鉄所の設備の整備をしたこと。特に保全作業時、ガス・アーク溶接の際、石綿製品を遮熱材として使用したことが記入されていました。

●認定
その後、2010年3月30日に参考資料、カルテなど共に特別遺族年金を労働基準監督署に申請し、2011年2月23日に特別遺族年金支給決定となりました。製鉄会社は職場にアスベストが存在したことを認めており、中皮腫と合併症、直接死因との因果関係についての調査に相当の時間が費やされました。

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