仕事が原因で新型コロナウイルス感染症を発病した場合は、労災申請を労働基準監督署に行うことが大切です。
会社や監督署で労災は無理といわれたら名古屋労災職業病研究会にご相談ください。
労災が認められると、治療費等の療養給付や働けない期間の休業補償が支給されますし、亡くなった被災者の遺族には遺族補償が支給されます。
新型コロナウイルス感染症の労災認定事案を通じて考えたことを掲載します。
新型コロナウイルス感染症の労災認定事案を通して考えた今後の課題
コロナ発症と労災申請
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)を発症し、9月下旬に労災認定された愛知県内の有料老人ホームに勤務する70代の介護労働者Aさんは、7月中旬に発熱し、家族が探したクリニックでPCR検査を受けたところ、陽性の判定を受け、新型コロナウイルス感染症の患者を受け入れている病院に入院しました。肺炎を発症していたことから、集中治療室(ICU)で治療を受け、8月上旬に退院しました。
同居する家族とAさんは労災保険の請求を希望し、勤務先の老人ホームにそのことを伝えましたが、勤務先で新型コロナウイルス感染症の陽性者がAさんしかいなかったことから、施設長より労災請求への協力を断られてしまい、入院中のAさんに代わってご家族が名古屋労災職業病研究会に相談されました。筆者は家族とともに、Aさんの発症前2週間の行動歴等を申立書にまとめ、休業補償給付請求書(様式第8号)とともに労働基準監督署に申請しました。Aさんが入院していた病院には療養補償給付請求書(様式第5号)を提出しました。
老人ホームでの仕事内容
Aさんが入院した時、同居するお二人の家族は新型コロナウイルスに感染していませんでした。Aさんの新型コロナウイルス感染症発症前、勤務先には発熱して休んだ職員がいたり、外出から帰る入居者や配達に来る宅配業者などがいたりしました。死亡した入居者もいたということでした。
Aさんの老人ホームでの業務内容は、洗濯物の処理、入居者のおむつ交換及び便、失禁の対応、入居者にコールで呼ばれた時の対応、夜間の入居者の水分確認、服薬、痰の吸引、起床させることなどでした。夜間に発熱する入居者もいて、そのような時は、看護師に電話をして指示を仰いでいました。
Aさんは新型コロナウイルス感染症が流行してからは、Aさん自身が70代で高齢であることや、勤務先に迷惑をかけたくないという思いから感染にはとても気をつけていました。発症前2週間のAさんの自宅からの外出は、家族が運転する自家用車での勤務先への送迎や食糧品と日用品の買い物だけでした。外出の際はマスクをして、消毒液を持参し、買い物も短時間で済ましていました。公共交通機関での移動は一切しておらず、以前は乗っていた自転車も、最近では利用していませんでした。
継続するコロナの症状と今後の労災補償
Aさんは今も酷いせき・たんに悩まされ夜眠れないことがあるということです。この他、強い倦怠感、微熱、胸痛、関節痛などが続き通院しています。主治医は自身の診たほとんどの患者さんには症状の継続や後遺症がないと言っているということですが、同居している家族はAさんの新型コロナウイルス感染症が本当に治ったのか疑問に思っています。
Aさんのケースを通して考えた最初の疑問は、休業補償給付がいつまで支給されるか現段階では分からないということです。今のところ、退院後の休業補償給付も支給されていますが、いつ、症状固定とか治癒とされ休業補償が打ち切られるか分かりません。PCR検査で陰性となったものの、せきやたん、強い倦怠感や微熱などの新型コロナウイルス感染症の症状が継続する被災者(患者)に対しては休業補償の給付を継続して行うべきですが、今後、療養中に休業補償の打ち切りが行われる被災者(患者)が発生しないとも限りません。また、退院後の休業補償給付の不支給決定がされる事案が多く発生する可能性があるのではと懸念しています。
退院後の休業補償の打ち切りについては、新型コロナウイルス感染症に感染し入院した病院事務職員が労働基準監督署に問い合わせた際、監督署員に退院後は休業補償が支給されないと教示されたとの相談を受けたことがあったことや、医師が被災者(患者)の退院時に休業補償給付請求書(様式第8号)の医師証明欄にある傷病の経過の箇所の継続中にでなく、治癒(症状固定)にマルをつけてしまっているケースを見たことがありました。病院事務職員は、退院後も全身の倦怠感、痛み等が残り休業が長引いていましたが、新型コロナウイルス感染症の療養休業中は給料が支給されないので、子育て中であることもあり労災の休業補償給付が支給されないと困ると筆者に話していました。新型コロナウイルス感染症を発症し、症状が出て入院、療養などをしなければならない被災者(患者)にとっては労災保険の給付がセーフティーネットになることが分かりました。
二番目の疑問は新型コロナウイルス感染症が治癒ないし症状固定とされた段階で症状が継続していたり、後遺障害が出現したりした被災者(患者)に対し障害補償給付が支給されるのかはっきりしないということです。労働基準監督署が後遺障害認定の時に用いる障害認定必携に示されている認定方法で障害認定がされるであろうと推察は出来ますが、現在のところ、新型コロナウイルス感染症の後遺障害の障害認定に関する厚労省通達などは発出されておらず、情報はない状況です。新型コロナウイルス感染症の様々な後遺障害が世界中で確認されているという内容の報道がメディアでされていますが、解明途中であると言えるでしょう。一方で、新型コロナウイルス感染症に感染した後、PCR検査で陰性となった後も症状がある場合は、あくまでも新型コロナウイルス感染症の症状が継続していると見るべきで、後遺症と見るのは失当との医師意見もあります。
いずれにせよ、今後、休業補償給付の支給が終了する被災者(患者)より、障害補償給付請求をされた場合、どのように労働基準監督署が障害認定していくのかということは、実際に行われる障害認定を見ていくしかありません。
全国のコロナ労災請求件数
11月25日現在、全国の新型コロナウイルス感染症の労災請求件数は2167件でその内、医療・介護従事者等の請求件数は1687件、医療従事者等以外の請求件数は472件です。厚生労働省は医療・介護従事者等の労災認定については、業務外で感染したことが明らかである場合を除き、原則として労災保険の対象にするとしており請求件数も増加していっていますが、医療従事者等以外の請求件数は全国の感染者数を鑑みると、少なすぎるように見えます。医療従事者等以外の労災請求件数を増やす必要があります。また、Aさんのケースでは勤務先が労災請求への協力を拒否しましたが、厚労省が積極的に医療・介護従事者の労災認定をしていることから、医療機関、介護事業場等の労働者が新型コロナウイルス感染症を発症した場合は、事業主は拒否せずに積極的に労災請求に協力すべきと言えます。事業場の中には組織運営が困難になることや、風評被害を恐れて労災請求に消極的なところもあるでしょう。
尚、愛知県労働局管内の11月12日現在の新型コロナウイルス感染症に係る労災請求件数は77件で、北海道労働局の199件(11月18日現在)、東京労働局の505件(10月31日現在)、大阪労働局の378件(11月13日現在)、福岡労働局の135件(11月18日現在)と比べて少ないです。労働局や労働基準監督署はクラスターが発生した事業場への労災保険の請求勧奨をもっと積極的にすべきです。
(事務局 成田 博厚)
→コロナで増える労災申請 感染経路不明でも認定(中日新聞記事)
→コロナ労災を知って 全国1133件、地域や業種で偏り(中日新聞記事)